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事業実績

理論班

  本研究の目的は,第1に,社会科学における実験手法の意義と役割について,個別領域を超えた鳥瞰的・メタ理論的な視点から検討すること,第2に,特定領域「実験社会科学」の7 つの計画研究班が生み出した具体的な実証知見を,社会科学あるいは自然科学の幅広い文脈に位置づけ意味を明らかにすると共に,さらなる研究展開を促すための批判装置として機能することである.これまでの3年間において,理論班全体としては,次の2点に集中してとりくんだ.

第1に,人々の間に協力を成立させるための機構については,法哲学での規範や法,経済学での制度設計,進化生物学での間接互恵性など,異なる分野ではそれぞれ独立のアプローチがなされてきた.これらの異分野でのコンセプト・考え方を互いに照らし合わせ,相互に理解できるようにすること,そして互いにどのように関連しているのかそれぞれのコンセプトがどの場面で有効でどのような限界を持つのかを明らかにすること,を目指した.第2に,社会科学においてもエージェントベイスドなモデル,格子モデル,レプリケータダイナミックス,ベストレスポンスダイナミックス等,さまざまな数理モデルが用いられるようになってきており,それらの予測の結果と人々を使った実験の結果さらには,フィールドでの調査を解釈する上にもちいられるようになった.これらの異なるモデルの互いの関係を理解し,その有効性や限界を考える.この目的で,毎年行ったワークショップを開催した.その場には,理論班以外の班のメンバー,加えて,大学院生などを含め特定領域の班員ではない研究者が多数参加され,さらにはポリコムによる別の会場の参加者も含めて,活発な議論が行われた.以下,各年度の成果を要約しよう.

平成19 年度:ワークショップでは,とくに,間接互恵(つまり評判を用いて社会の協力を実現するというメカニズム)について,および「民主主義についての2つのモデル」について話題提供があり討議を行った.実験社会科学の手法をもちいてこれらの観点についてどのようにアプローチすべきかについて議論した.このワークショップをきっかけとして,理論経済学や進化生物学でこれまで発展してきた協力の進化条件に関する計算の結果と,法哲学において規範的な正義の考え方の間での交流が非常に有効であることが明らかになった.とくに法哲学の考えのもとには様々な実例や歴史上の試行錯誤があり,それにもとづいて建てられた理論であることが明確になった.これは理論経済学や進化生物学においてある意味で演繹的に「どのような規範が成立するようになるか」を導いていく考えには抜けている部分であり,学ぶところが大きいと感じた.

平成20年度:ワークショップでは,経営学における「関係的ガバナンス——契約設計の視点からの理論的展望——」という話題と,進化ゲーム理論の「合理性と進化ゲームダイナミクス」という話題,2つの話題提供を中心に議論した.ともに,広い意味で協力維持のメカニズムに関連する話題であった.これらの話題提供と議論によって,ともに社会における協力の成立を考えてはいるが,進化ゲーム理論は基本的に行動ルールが決まったエージェントが相互作用する力学の結果を考えるのに対して,契約理論などは,各プレイヤーが最適化するというなかで,全体としてのパーフォーマンスを挙げるという定式化になっているが,共通する部分が多いと感じた.理論経済学には,長い歴史があり,さまざまな理論的成果が蓄積されていて,それをどのように進化ゲーム理論において取り込めるかは今後の発展の重要な鍵になるだろう.

平成21年度:集団班(亀田班長)と合同でのワークショップを開催した.このときのテーマとして規範の進化的基盤に焦点をあてることになった.また班員外の内藤淳博士(一橋大学)による1時間の報告「進化倫理学による規範の根拠付け:事実と規範の不可分」をお願いし,続いて同じ法哲学分野の井上達夫教授(理論班)によるコメント,そして質疑を行った.とくに法哲学の基礎概念やそのような枠組み研究の狙いなどについて,社会心理学者や進化生物学者との間で活発な議論がなされた. また,多様な分野の出席者に,それぞれ20 分程度,自己紹介をかねて研究の話や最近考えていることを話した.社会心理学の実験や進化生物学の理論に加え,政治学,社会ネットワーク,倫理哲学,経済学などさまざまな分野の議論が学べた.これらの一見離れて見える諸分野が互いに強く関連していることを感じることができた.最後は大学院生や予告なく参加された研究者にも,短いながらも全員に研究の自己紹介をしてもらえたことは,今後の交流のもとになると期待できた.この中では,社会心理学における実験的研究と進化シミュレーションによる理論的研究を中心としてさまざまな分野の研究が紹介された.今後の会では,社会心理学における実験的研究と進化シミュレーションによる理論的研究仁関して,1人の時間を長くしてじっくり聞く機会を設けることが望ましいという印象をもった.他班との合同のワークショップは実り豊かであった.今後とも続けたい.

各班員の研究は予定していた以上に深化しており,十分な成果があがっている.巌佐は,社会での協力の成立と維持の基本を理解するための間接互恵の数理的研究をすすめた.「よい」「わるい」などの簡単なラベル(評判)が張られ,それで協力行動が安定に維持される.評判の張り方(社会規範)をどのように選ぶと協力が可能になるかを数え上げた.また環境保全に関連して,人々の公共への貢献意欲と非協力社への処罰などの感情的基盤を考慮して,社会系/生態系結合ダイナミックス理論を展開した.間接互恵による協力の進化の数理的研究,とくに処罰行動が可能である状況については,Nature など,また社会系/生態系結合動態の研究はEcological Economics などに掲載した.英文原著論文は37 編である.青柳は,経済理論に関して,繰り返しオークションにおける談合,動的トーナメントにおける情報開示の問題,価値が複数の買い手相互の情報に依存する財の最適販売戦略の問題について研究した.価値が買い手相互の消費行動に依存するネットワーク財の最適販売戦略,および不完備情報下での投資行動に関する政府の情報収集・開示政策,について進めている.経済実験に関しては:相互の過去の行動が不完全に公的に観察される繰り返しゲームにおける協調とノイズの関係,同様な不完全情報が私的に観察される繰り返しゲームにおける戦略の分析,を進行中.多くは,査読付きの国際的な学術誌に掲載されている.また一部の成果を日本経済学会2010 秋季大会の特別報告として発表して学会機関誌の1 章として出版予定である.伊藤は不完備契約の下で投資が過小となるホールドアップ問題に取り組んでいる.既存の理論を投資が外部利得に影響を与える状況に拡張することによって,シンプルな公式契約が,長期的・継続的関係に基づく非公式な関係的契約に補完的もしくは代替的な影響を与えうる可能性を分析する.そして検証実験を設計し,結果を分析する.より困難な目標設定が与えられることによって業績が向上する,などの知見を,インセンティブ設計の経済学の視点から分析する理論研究を継続中である.理論論文は完成し学会等で報告した.ニューサウスウェールズ大学の研究者と共同で実験を21年度中に行った.井上は,「社会制度に実験は可能か」という基本問題を法哲学・政治哲学の観点から捉え直し,試行錯誤的な政治的学習を通じた政策形成を促進する政治的意思決定システムはいかにあるべきかを解明すべく民主政および法の支配の諸モデルを比較検討している.「反映的民主主義」から「批判的民主主義」への転換の必要性を明らかにし,その法的基盤として,「法の支配」の「強い構造的解釈」を提示している.

 

 

 

大阪大学社会経済研究所 西条研究室 Tel:06-6879-8582 Mail:secsaijo@gmail.com