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事業実績

政治班

  政治班の目的は,実験社会科学の確立に向け,他の社会科学分野に比べて実験的手法による研究蓄積が少ない政治学分野の実験研究を発展させることである.明らかにしようとする政治学的問題は,「民主主義政治はいかにして機能することが可能か」である.この大きな問題を,より特定化された5つのパートに分けて各担当者を決め,実験的手法により分析を進める.5つのパートを設定するにあたっては,①上の問題のさまざまな側面をカバーできること,②さまざまな実験的手法(実験室実験・fMRI 実験・調査実験・フィールド実験)をカバーできることの2点を考慮している.「民主主義を選択するとうまく行くのか」という根本の問いからスタートし(第1のパート「制度選択」),「民主主義を選択するならどのように営むべきか」を考えるために,民主主義を実現する制度として代議制と討議制(第5のパート「討議制」)を取り上げる.代議制のもとでは代議士を人民から公選しなければならないため,有権者の投票行動に着目する.投票行動は,投票へ行くか否か(第2のパート「投票参加」)とどの政党・候補者に投票するか(第3のパート「投票方向」)に分けられ,投票環境(集団の凝集性,政治的情報,有権者の資源やインセンティブ)と選挙制度(第4のパート「選挙制度」)によって影響される.各政治制度の機能を検証し,政治制度の選択問題(民主制と独裁制,代議制と討議制,各種の選挙制度,各種の討議ルール)に対して答えを見出すことを試みる.19年度は実験研究の体制を作った.海外共同研究者との関係構築を行うとともに,パイロット実験を実施した.予定より早く本実験が実施されたパートもあった.20年度はその体制に基づく実験室実験・fMRI 実験・調査実験の実施,21年度は実験実施の継続・さらなる実験の計画と準備・研究成果の一部の公表を行った.平行して,政治学における実験的手法の有用性を紹介し議論する活動を行ったり,実験に理論的基礎を与える図書や論文を出版したりしてきた(下表参照).

 

 

  わが国の政治学における政治班の活動の意義は大きい.政治班は,従来から共同で研究を行ってきた研究者たちの集まりではなく,実験という共通の手法のもとに本プロジェクトの立ち上げをきっかけとして集まったチームである.このような試みは,わが国の政治学では初めてであろう.とりわけ次の2つは,これまでの活動の中でも重要である.第一に,「投票方向」のパートでfMRI 実験の結果を報告する論文がFrontiers in Behavioral Neuroscience をはじめとする学術誌に掲載されたことである.これは,日本初のニューロ・ポリティクス論文の出版である.第二に,政治学における実験的手法の有用性を紹介し議論するとともに,政治班の研究成果を対外的にアピールする場として,次の2つを企画したことである.1つは,特定領域研究「実験社会科学」第2回国際シンポジウム「Experimental Political Science」(平成21 年10 月9日,東京大学)である.米国からEric Dickson, Don Green, Rebecca Morton の3教授を招聘するとともに,政治班からも3名が報告した.日本の政治学者を中心に参加者を集めることができた.もう1つは,政治班から2名が発起人となり,日本政治学会政治学方法論研究会を立ち上げたことである.日本政治学会21年度研究大会では,セッション「マルチメソッド化する政治学:政治学方法論の現状と未来」を設けて,政治班から2名が「実験的手法の現状と未来」と題して報告した.少人数で実験的手法に特化した政治班と,広く研究者を募って政治学の方法論を広く議論する政治学方法論研究会は,相互に研究成果をフィードバックしながら今後も連携していく計画である.実験的手法の有用性が,下図のように,政治学方法論研究会を通じて日本政治学会の研究者たちの注目を集めることが期待される.

 

 

パートごとのこれまでの成果を要約しよう.

①制度選択: 第1のパート「制度選択」では,公共財の生産に必要な費用を被験者一人ひとりが自発的に拠出するかというフリーライドの問題を題材とし,拠出を促すための制度(被験者たちが互いに報酬を与えられる制度(報酬制度)または懲罰を加えられる制度(懲罰制度))を民主制(被験者全員での多数決)で決める場合と独裁制(被験者の中の一人)で決める場合について比較する実験を実施したところ,独裁制のほうが拠出額が大きくなるという一見不思議な結果を得た.「拠出額が小さいと独裁者役の被験者が懲罰制度のほうを選ぶかもしれない」と恐れて被験者たちが拠出額を大きくしたという可能性が考えられるが,さらなるデータ蓄積が必要である.また,民主制を採用しても,「勝ち馬に乗る」などの多数派に追随する意思決定が行われると,実質的には少数の人によって意思決定がなされたことになり,独裁制との違いが明確でなくなってしまう.この問題に関して,ウェブを通じた社会調査に実験的手法を加えた調査実験「世論の通時的形成に関する調査」を日本とカナダで実施した.2つの調査データから,「商品選択」という経済的なコンテクストに置かれるか,「政党・候補者選択」という政治的なコンテクストに置かれるかによって,被験者の選択の仕方が異なることが明らかにされた.選択の仕方に違いが生まれるメカニズムを解明すべく,さらなる研究を進めている.

②投票参加: 第2のパート「投票参加」では,まず選挙を2グループ間の対戦型公共財供給ゲームとして表現し,投票率のダイナミズムを観察する実験を実施した.先行研究とは異なる投票率のダイナミズムや,「勝ち馬に乗る」などの行動が観察された.さらに,「有権者はどのような基準に基づいて投票行動を決めているのか」という問題に関する論争(合理的投票モデル論争)を引き起こした2つの投票モデル(接近性モデル(proximity model)と方向性モデル(direction model))を比較検討するため,調査実験のデータを分析した.これまでの実験結果の頑強性を確かめるために,参議院選挙の投票行動・政治意識に関連させた調査実験を新たに準備している.

③投票方向: 第3のパート「投票方向」では,種々の政治的情報が有権者の候補者選択に対してどのような効果を持っているかを測定するため,選挙キャンペーン広告を題材とし,fMRI を用いて被験者の脳の活動を見る実験を実施した.実験結果から,被験者が自分の支持する候補者が攻撃されるネガティブ広告を視聴するとき,広告から得られる情報を判断するにあたって認知的な情報処理を行っている可能性があること,したがって,その情報処理の結果により候補者支持の変化の有無が影響されている可能性があることが示唆された.この結果は,政治学において現在も進行中のネガティブ広告の効果をめぐる議論に対して,実際の情報処理過程の解明に基づくキャンペーン効果の検証の必要性を指摘するものである.

④選挙制度: 第4のパート「選挙制度」では,小選挙区制と中選挙区制を取り上げ,選挙区に宛てられた議席数とそのもとで実現する票の分布の関係(M議席のときM+1 人の候補者に票が集まるというM+1 法則)を検証した.政治学でもっとも有名な法則に対して実験室実験により正面から取り組んだ初の研究である.実験結果はM+1 法則と一致したとは言えなかったが,2議席よりも1議席のほうが少数の候補者に票が集中するという比較静学の結果は支持された.さらに,実験結果がM+1 法則に近づくにはどのような要因が必要かを見出すために,投票するのに費用がかかる実験を実施した.投票の費用がない場合よりもM+1 法則に近づくことが確認された.

⑤討議制: 第5のパート「討議制」では,研究期間の後半に実験の実施が計画されている.討議が政治的関与に与える影響を検証するため,投票記録が存在する米国を実験実施国とし,平成22 年6 月26 日に米国各地でタウンミーティングが開催された際にパイロット実験を行った.今後の本格的な実験の実施につなげるべく,得られたデータを分析している.計画されている実験を大きく2つに分けると,①討議を通じて被験者たちの政治への関わり方が変化するか(とくに討議前より選挙に行くようになるか)を検証する実験と,②討議をするうえでのさまざまなルールが討議の質に対してどのような効果を持つかを検証する実験から成る.

 

大阪大学社会経済研究所 西条研究室 Tel:06-6879-8582 Mail:secsaijo@gmail.com