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事業実績

市場班

  「市場とは何か」をテーマとするのが市場班である.市場班は互いに連関する3つのチームより構成されている.公共財としての市場が成立する基盤は何かをという市場制度チーム,市場制度の中でも特に将来の不確実性にさらされバブルおよびその崩壊が近年注目を浴びている領域である資産市場を分析対象とする資産市場チーム,公共調達や債権などの売買で重要な役割を果たしているオークションチームである.

市場制度チームでは,「公共財」としての市場制度ないしは公共性を持つ制度そのものがどのような環境で成立するのか,に焦点を当てている.まず,フリーライダーを防ぐ制度設計の不可能性を理論的に示すと同時に,実験では理論値よりも多くの公共財が供給されている点に着目する研究そのものを疑う実験研究を継続している.従来の研究はその要因を「利他性」,「親切心」,「互恵性」などに求めているが,かなりのデータがナッシュ行動で説明可能であることを発見すると共に「戦略的な協力行動」も観測している.これらの結果は20世紀後半から現代に至るまでの実験研究の成果およびその解釈と大きく異なっている.これらの研究成果は社会的ジレンマの解決手法ないしは協力の基盤を透明な論理のみで解析した18世紀の知的巨人であるディビッド・ヒュームやアダム・スミスの手法につながる.この意味では,20世紀後半からの実験研究のあり方が「群盲象評」であった可能性を示唆すると同時に,今後,世界の実験および理論研究における路線の大幅な転換につながるのではないのかと予想している.

以上の研究は,さらに制度成立の根源的な問題として,原理的に協力を生み出しえないとする社会的ジレンマの最小単位である囚人のジレンマを用い,どのようなメカニズム(ないしは制度)を加えれば協力解が得られるのかに関する理論・実験・ニューロ研究に発展している.新たに開発したアプルーバル・ステージを囚人のジレンマに付加することによって,理論研究では,サブゲーム・パーフェクト均衡では協力解を達成することができないものの,進化論的に安定的な均衡,フォーワード・インダクション,弱い意味で支配される戦略のバックワード消去などなら,協力解を遂行できることを示している.実験においては,可能な限り協力が起こらない環境のもとで,1 回目から100%の協力を観測している.従来の研究では実験の1回目からほぼ100%の協力率を達成するものは皆無である.これらの理論・実験研究はサブゲーム・パーフェクトとは異なる行動原理の優位性を示すと共に,人間の行動原理とは何か,という核心にも迫りつつある.この意味で,囚人のジレンマを解決する研究となりつつある.さらには,アイトラッカー,fNIRS,fMRI などを用い,協力がなぜ起こるのかに関わる核心部分にせまりつつある.従来のニューロエコノミックス的な見方からすると感情と合理性との対立軸の中で実験結果を説明するのだが,我々の研究では,「感情」が「合理的」な意思決定を補佐するないしは助けていることを示唆する結果を得始めている.さらには,排出権取引市場における具体的な制度設計研究,世代間をまたぐ協力の理論・実験研究も継続している.以下では各年の主要研究を要約しよう.

初年度においては,本領域研究の視点から理論・実験・ニューロ研究を含む制度設計の枠組みそのものを再構築する提案をしている(Saijo 2007).この路線に沿う形で,複数の均衡概念を用いて社会目標を達成するための,新たな遂行概念である secure implementation を提案し,経済学におけるトップ・ジャーナルであるEconometrica の新たな理論雑誌である Theoretical Economics (Saijo, Sjostrom, and Yamato 2007)に発表している.この理論研究の要約とともに実験研究を実施し,支配戦略のみによる遂行よりも,セキュア遂行のほうが性能のよいことを示している(西條・大和『経済研究』2007),また,ネットワーク上における経路選択の理論および実験研究も実施している(Aoki, Ohtsubo, Rapoport and Saijo,2007).書籍については,河野・西條(編),『社会科学の実験アプローチ』勁草書房, 2007,西條『実験経済学への招待』NTT出版,2007 の編著がある.平成20年度においては,公共財供給におけるスパイト・ジレンマ研究の展望論文を Plott and Smith が編集したHandbook of Experimental Economics Resultsに掲載している.また,親切な脳といじわるな脳の違いを探るfMRI 研究を実施している(二本杉・西條2008).さらには,環境意識に関する調査も実施している(Shen and Saijo,2007).さらには,排出権取引制度に関する具体的な提案を含む実験研究も実施している(西條2008).平成21年度においては,排出権取引制度に関する様々な制度の比較検討を行っている(西條・新澤2009,西條2009).さらには,環境意識調査も継続している(Shen and Saijo 2009). また,ニューロエコノミックスに関わる展望論文(二本杉・西條2009)を執筆している.

資産市場チームでは,主に資産(株式,不動産)価格の決定メカニズムとバブルの発生原因を,経済実験によって解明することを続けている.これまでの標準的な経済学においては,資産市場への参加者(投資家)を高度な計算能力をもつ合理的な経済人と想定し,また整備された市場があることを前提として,理論モデルの構築が行われてきた.その結果,現実の市場において,株主や土地等の価格がその本来の価値から離れて高騰する現象,いわゆるバブルがなぜ発生するのかを説明することは,(少数の例外を除けば)困難であったといえる.ただ,近年では,必ずしも合理的な経済人・整備された市場を想定せずに,現実の金融現象を説明しようという理論的・実証的研究が盛んに行われている.この研究の流れは行動ファイナンス(behavioral finance)と呼ばれる.資産市場チームでは,資産市場の実験を行うことによって,資産市場のバブル現象をこの行動ファイナンスの視点から研究を継続している.19年度には,イエール大学のサンダー教授と共同で,株式市場のバブル現象が投資家の投資期間が短い場合に発生することを確認した(Hirota and Sunder 2007).そして,その場合には,投資家の将来の株価の予想が,通常の経済学が想定する合理的期待によってなされるのではなく,過去から現在への株価の変化が将来もそのまま続くと考えるモメンタム予想によって行われることがわかった.そして,この投資家の(合理的とはいえない)簡便的な予想形成がバブルの原因であることを明らかにした.20年度には,広田・西條が3 人の共著者と共同で,株式市場に何らかの理由で非合理的な投資家(ノイズトレーダーと呼ばれる)があらわれ,それによって株価にバブルが発生しそうになった場合に,合理的な投資家の行動が株価を適正な水準に引き戻すことができるかどうかを実験によって考察した.実験の結果,合理的な投資家の行動は株価を適正な水準に引き戻すほどには強くなく,株式市場にバブルが発生してしまうことがわかった(Akai et al. 2008).平成21 年度には,資産市場のバブルの発生メカニズムに関する論説を実際の金融関係者が購読する専門雑誌に執筆した(広田 2009).この論説は,資産市場のバブルに関する理論のうち,様々な実験研究の結果から見て現実妥当性をもつと思われる理論をまとめて紹介したところに特徴がある.また,この年度には,資産市場の中でも特に不動産市場のバブルに注目して,不動産市場実験を開始した.この実験からは,他の資産市場とは異なる不動産市場独特のバブルの発生メカニズムが検出された.それは,不動産はそれ自体が売買の対象であると同時に,それは賃貸取引の対象にもなることである.それによって,不動産売買市場での価格の高騰が賃貸市場でのレントの高騰を生み,それがまた不動産価格の高騰と生むというフィードバックメカニズムが発生することになる.この研究成果をまとめた論文(Hirota, Suzuki and Udagawa 2010)は,現在,22年度秋の日本経済学会への報告申し込みを行っている.

オークションチームでは,主に同じ財を複数単位取引する,売り手が1 人のOne-sided オークションに関して,理論・実験分析を実施している.これまでのOne-sided オークション研究は,商品1単位を取引する特殊な場合に集中し多くの成果を上げてきたが,複数単位取引に関する研究はまだ少ない.具体的な事例として,自主流通米入札市場で実際に採用されたルールに注目している.コメ入札ルールは,現実のOne-sided オークションでもっとも一般的に実施される差別価格入札と同一価格入札のちょうど折衷ともいうべき特徴を持っているため,両者の分析の延長線上にあると推測される.ところが,実際のコメ市場で価格の下落が少ない割には,取引量が急激に降下するという通常の入札市場では起こらないような事象を観測しており,コメ取引の低下につながる点が問題視されている.19 年度には,まずコメ入札市場における理論分析を行い,ナッシュ均衡下では競争均衡価格や独占価格を含む幅広い価格帯で,最終的な価格が成立可能であるが,プロパー均衡の下では,均衡値を競争均衡価格帯に絞ることが可能であることを示した(Nishimura and Saijo 2007).実験では,成立価格は独占価格と競争均衡価格の中間地帯に分布する一方で,取引量は急速に低下し続けることを観測し,実際のコメ入札市場におけるデータとの整合性を確認した(西村2008 口頭発表).平成20 年には,まず商品が1 単位の差別価格オークションにおいて,競争相手の足をひっぱることで効用を得る,スパイト行動を想定すると,成立価格は,合理的な買い手の下で成立する価格よりもナッシュ的均衡において高くなることを示した(Nishimura 2009).21年度では,コメ市場を対象とする複数単位オークションに分析の視点を戻し,実験を重ねた.初年度の研究と異なる点は,「必ずしも合理的でない経済人による入札行動」の視点も含めて,成立価格ではなく個別の買い手の行動に着目した分析を行い,.買い手の1単位目の入札値は必要以上に高く,2単位目の入札値が売り手による指値を大幅に下回るという「Demand Reduction」現象が予想に反して観察され,現在,この現象の理論・実験研究を「社会班」,「意思決定班」,「理論班」との連携をとりながら継続している.

 

大阪大学社会経済研究所 西条研究室 Tel:06-6879-8582 Mail:secsaijo@gmail.com