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事業実績

社会班

  Robert Putnam (1993, 2000)によると,社会関係資本 Social Capital とは「社会的ネットワーク,およびそこから生じる互酬性,信頼性の規範」であり,それは社会的ジレンマにおける協調行動を促し,社会全体の効率性を改善する.本研究の目的は,どのような制度が社会関係資本として機能しうるのか,社会関係資本がどのように社会的ジレンマを解決し全体の効率性を高めるのか,社会関係資本をどのように測定するのか,以上の問題に対して実験手法を用いて答えることにある.

19 年度(領域発足時)には,社会関係資本に関するワークショップを2 度開催し,この知識を基礎に,20 年度にかけて,①社会関係資本と環境意識に関する調査と実験,②公共財供給における社会関係資本の形成に関する実験,③社会関係資本の集団拘束性に関する実験,④規範的感情と社会関係資本形成に関する実験を開始した.21 年度には,これらの実験研究を,国際比較,ニューロサイエンスを視野に入れて推進し,新たに⑤社会関係資本とメカニズム・デザインに関する実験を行った.

これらの実験研究の現時点での成果は以下の通りである.①に関しては,日中におけるラボ・フィールド実験を通じて,人々の環境意識が彼らの社会関係資本の一部である社会的・経済的特性と強く関連していること,社会関係資本の尺度となる信頼行為の高低が協調行動の有無・リスクや公平に対する選好・他人への期待等に影響されること,また被験者の年齢と強い負の相関があることが判った.②に関しては,公共財に関する情報が人々の協力行動に与える影響をWeb 実験によって検討した.その結果,人々は公共財の効果(結果)を明記した情報を受け取った場合,他者が自分と同一の情報を受けっていないにもかかわらず他者も自分と情報を共有しているという「幻想」をもち,公共財を供給しやすいことが判った.③に関しては,社会関係資本として「分業」を想定し,ラボ実験を日本で行った.結果として,「分業」で貢献できなかった人は,自分より「分業」の成績が良かった人に対して,次の機会(PD)で協力することが判った.この結果が安定して得られるのであれば,「分業」は単に生産性を高めるだけではなく,一種の社会関係資本としても機能しうることになる.④に関しては,他者の信頼性判断に重要となる心理的・制度的要件を特定するための行動実験を行った.具体的には,笑顔と言説が信頼度評定に及ぼす影響を調べた結果,シグナルとしての要件をより満たしている笑顔よりも,よりフェイクしやすい言説情報を人は信頼性判断に用いることが分かった.また自分の過去の行動を後悔する言説が,他者からの信頼度評定を上げ,行動にも反映されることがわかった.また他者信頼時の神経生理学的基盤とその個人差についての脳イメージング実験では,基本的に「心の理論(Theory of Mind)」のタスク遂行時と同じ箇所の賦活が観察された他,小脳が何らかの役割を果たしている可能性が分かった.さらに脳内免疫細胞であるミクログリアの活性を抑えるミノサイクリンという抗生物質を投与された参加者に,他者への信頼が重要となる経済取引実験を行ってもらい,偽薬群と比較したところ,実薬投与群は他者の信頼性判断により敏感になることが分かった.このことにより,まだその機能が明らかにされていないミクログリアが健常者の社会的意思決定に及ぼす影響について,いくつかの興味深い仮説が導出された.⑤に関しては,理論面からは,メカニズム・デザインの参加問題を吟味した(これまでの制度設計では制度への参加が強制されており,社会構成員が自発的に制度への参加を決定できるケースについて殆ど分析されてこなかった).ここでは,社会構成員全員が参加する制度を設計することが不可能であることが,一般的な環境で示された.実験研究においては,公共財供給の費用負担だけではなく,どのように公共財を供給するのかも考慮した,公共入札に関する理論モデルの検証を行った.その結果,理論の予測通り,「手抜き」を防止するルールがないと,倒産しそうな企業が非常に低い額を入札して落札し質の低い工事をする(つまり大規模な手抜きをする)ことが確認された.

 

大阪大学社会経済研究所 西条研究室 Tel:06-6879-8582 Mail:secsaijo@gmail.com