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事業実績

要旨

 

  人の行動を3次元物体に例えてみよう.20世紀型の社会科学は各々の分野がこの物体を各々の分野の刀で切るという手法を採用した.心理学なら「感情」,社会学なら「規範」,政治学なら「権力」,経済学なら「やる気」などである.各々の切り口が重なりあう部分はほとんどない.あっても切り口面の中の曲線程度であった.さらには,一人の主体ではなく,複数の主体が絡み合う社会の分析となると共通部分を探ることは絶望的であった.つまり,人および社会の振る舞いを20世紀型の各々の分野の原理に基づいて分析する手法では,実際の振る舞いと乖離が生じてしまうのである.

この乖離の意味するところは重要である.少子高齢化,年金問題,財政破綻,所得格差と貧困,弱者に対する差別,気候変動,エネルギーの確保などなど,20世紀が残してしまった問題に対処するために従来とは異なる制度設計が必要となる.様々な制度のデザインにあたって,人および社会がどのように振る舞うのかを理解せずして,性能のよい制度のデザインは不可能となるからである.

この乖離を埋める一つの手法が被験者を用いる実験研究である.ここでいう「実験」は実験ラボの被験者実験のみを指すものではない.フィールド実験や調査,コンピュターシミュレーションなども実験である.ばらばらになった20世紀型の社会科学の各分野の対話を可能にするのが実験である.さらには,社会科学のみではなく,生物学や哲学の分野の研究も人および社会の振る舞いを明らかにするという意味合いで重要である.この意味で,我々のいう社会科学は従来の社会科学よりもそのカバーする領域が広いといえよう.そのような分野の研究者が,広義の実験手法を通じてしか人の行動を把握できないという意味合いで実験をキーワードとして立ち上がったのが特定領域・実験社会科学である.

社会科学では理論偏重の分野もあれば実験重視の分野もある.さらには実験といっても,同じ課題を扱っているのにもかかわらず,実験の手法・プロトコールが大幅に異なっている場合があり,得られた結果の解釈すら異なることがある.人の行動原理および社会の振る舞いの解明のためには,なぜ異なるのかという点から始めねばならない.また,ほとんど実験を実施していない分野に実験手法をどのように持ち込むのかという課題もある.そのため,初年度における本特定領域における課題は,各班における実験手法の比較から始まったのである.

以下では各班の研究の概要,連携状況,今後の課題等を概説しよう.

政治班における課題は,「民主主義政治はいかにして機能することが可能か」である.とりわけ,実験手法がほぼ皆無である日本の研究状況を打破し,実験手法が有効であることを政治学プロパーの研究者に示すという課題もある.政治班は5つのパートから構成される.制度選択パートでは,「民主主義を選択するとうまく行くのか」という根本的な問いかけをしている.公共財供給における制度として報酬制度と懲罰制度を準備し,それを投票で選ぶ場合と,独裁者が選ぶ場合だと,公共財供給量は独裁制が多いという不思議な結果を得ており,現在分析中である.また,「勝ち馬に乗る」という多数派に追随する意思決定に関してもカナダと日本でウェブを通じた社会調査に実験的手法を加えた調査実験「世論の通時的形成に関する調査」を実施している.投票参加パートでも,公共財供給型の投票実験を実施し,先行研究とは異なる結果を得ている.また参議院選調査の結果も準備中である.投票方向パートでは,fMRI を用いて,ネガティブキャンペーンで投票行動が変わった人ほど感情に関わる前頭前野が賦活するという結果を得ている.選挙制度パートでは,M議席のとき,M+1人の候補者に票が集中するという法則に関し,2議席よりも1議席の方が少数の候補者に票が集まるという実験結果を得ている.討議制パートでは,討議民主主義に関わる実験デザインと準備中である.なお,政治班からは日本初のニューロ・ポリテックスの論文が Frontiers in Behavioral Neuroscience 等に掲載されるという快挙が報告されている.さらには,実験政治学の国際シンポジウムの開催,日本政治学会における政治学方法論研究会の立ち上げ, 21年度における日本政治学会の「マルチメソッド化する政治学:政治学方法論の現状と未来」における報告など,日本の政治学会に新たな旋風を吹き込んでいる.

市場班の課題は「市場とは何か」である.これに答えるために,まず,市場制度ないしは公共財としての制度の成立に焦点を当てる理論・実験研究に注目する.ここ数十年の公共財供給実験結果の示唆する非経済的な要素(親切心,利他性など)が重要な役割を果たしているとは言い難く,被験者の戦略的な行動こそが実験結果を説明する上で最も重要であることを発見している.つまり,従来の実験研究が被験者行動の本質を見誤った可能性があることを示唆している.また,囚人のジレンマの枠組みでは高い協力率を達成するのはほぼ不可能とされているが,このゲームに新たなステージを加えることによって100%の協力を達成する制度の設計に成功している.20世紀後半から現在にかけての従来の実験・理論研究の見解とは異なり,かなり合理的・戦略的な行動で制度の成立を説明できるという発見である.ところが,将来の不確実性を含む資産市場では,過去から現在への変化がそのまま継続するという非合理的(簡便)な予想形成がバブルを引き起こすことを発見している.さらには賃貸契約が可能な不動産市場では不動産の価格上昇が賃貸価格の上昇につながり,それがさらに不動産価格を高騰させるというスパイラルが実験で起こることを観測している.また我が国のコメ市場におけるオークション研究においては,理論とは異なり,取引価格が競争価格と独占価格の間となり,取引数量が急速に低下するという実際のオークションと同様の結果を実験室にて再現することに成功している.この背景には,オークションにおける競争相手の足を引っ張るというスパイト行動や買い手が複数単位のコメを購入する際,1 単位目は理論値よりも高め,2 単位目以降はそれよりも極端に低めに入札するという必ずしも合理的でない「需要減少」と呼ばれる入札行動に起因することを明らかにしつつある.

組織班においては,企業を点ではなく,組織としてとらえ,組織の構成員である個人と組織の関係,また組織の意思決定のメカニズム,組織同士の競争関係,消費者との関係を市場経済における企業組織という観点から分析している.とりわけ,経営学,経済学とともに心理学的知見を取り込む研究の枠組みを構築している.また,組織間競争研究の分析のため,経営学における学習用ソフトウエアである「ビジネスゲーム」を用いている.証券市場における価格形成の歪みが心理的に影響を被るこを行動実験を用いて検証するとともに,fMRI を用いての研究も継続中である.日本企業のアジアへの進出・撤退に関する企業組織の模倣行動に関する調査を実施中である.

社会班においてはどのような制度がPutnam による社会関係資本(社会的ネットワーク,およびそこから生じる互酬性,信頼性の規範)として機能しえるのか,それがどのように社会的ジレンマを解決し,効率性を高めるのか,またどのようにそれを計測するのかが課題であり,以下のように実験・理論研究を遂行している.①社会関係資本と環境意識に関する調査と実験:日中におけるラボおよびフィールド実験を通じて,環境意識が社会関係資本と強く関連していること,また信頼行為の高低が協調行動や公平性に影響を与えていることなどを観測している.②公共財供給における社会関係資本の形成に関する実験:公共財に関する情報の多い被験者が他者も同じ情報を持つという「幻想」が起こり,多くの公共財を供給することを観測している.③社会関係資本の集団拘束性に関する実験:「分業」で貢献の少ない被験者が他の場面で「分業」のパフォーマンスのよい被験者に協力するという結果を観測している.④規範的感情と社会関係資本形成に関する実験:単なる笑顔よりも,よりだまされやすい言説情報を人は信頼性の判断に用い,また自分の過去の行動を後悔する言説が他者からの信頼度を上げ行動にも反映される,という実験結果を得ている.また信頼に関わる脳イメージング実験では,「心の理論」のタスク遂行時と同じ箇所の賦活が観察された他,小脳が何らかの役割を果たしている可能性を発見している.さらに被験者に脳内免疫細胞であるミクログリアの活性を抑えるミノサイクリンという抗生物質を投与し,他者への信頼が重要となる経済取引実験を行ってもらい,偽薬群と比較したところ,実薬投与群は他者の信頼性判断により敏感になることを発見している.このことにより,まだその機能が明らかにされていないミクログリアが健常者の社会的意思決定に及ぼす影響について様々な仮説を導いているところである.⑤社会関係資本とメカニズム・デザインに関する実験:社会構成員全員が参加する制度を設計することが不可能であることを理論的に示し,実験では,公共入札に関する理論モデルの検証を行った.その結果,理論の予測通り,「手抜き」を防止するルールがないと,倒産しそうな企業が大規模な手抜きをすることを確認している.

文化班における研究の目的は,人間が示す非合理性や利他性を“人間の社会性”として捉え,“経済人”にとってのアノマリーが,人間が作り出してきた社会環境の中では適応的な性質として理解できることを示すことにあり,この目的の達成に向けて,通常は“文化”の違いとして理解されている認知・信念システムの集団差が異なる“制度”(すなわち,自己維持的信念・誘因結合体)への適応行動としてより適切に理解できること,すなわち,人間の社会性が異なる制度(人々の適応行動により形成・維持される誘因構造)への適応を促進するための「文化・心理的道具」として働いていることを明らかにするための,以下の目的に沿った一連の実験研究を実施した.①認知・信念システムの「文化差」を,それぞれの文化における制度に対する適応行動を促進するための「文化・心理的道具」として捉え,実験室で制度の手がかりを操作する実験を通して,文化への制度的アプローチの有効性と限界を明らかにした.②囚人のジレンマ,社会的ジレンマ,最後通牒,信頼,独裁者,独裁者選択などの実験ゲームを集団の内外の成員を相手に実施し,集団内での協力行動を,集団内での一般交換制度への適応行動として理解すべきか,それとも集団間葛藤への適応行動として理解すべきかを明らかにし,集団行動を促進する心理メカニズムが如何なる適応的基盤を有するかを検討した.③他者が集団主義的信念を持ち集団主義的に行動するという信念,あるいは個人主義的信念を持ち個人主義的に行動するという信念を操作し,その結果人々が他者の行動の予測のもとで適応的な行動を取ることで,実際に集団主義的制度および個人主義的な制度を生み出すかどうかを検討する一連の実験を実施した.更に,文化特定的認知・信念システムが,特定の制度のもとで適応的な行動を促進することを,制度を操作した認知実験を通して明らかにした.④均衡状態での他者の行動を(先読み的に)信念として組み込まれたエージェントが,その信念のもとで最適行動を選択することで,特定の誘因構造がエージェントの行動により集合的に形成されるプロセスの詳細を一連の実験を通して明らかにした.

集団班では,社会規範に注目する.社会規範とは,集団メンバーに共有されている「適切な行動」についての信念および期待であり,これは,マイクロな“心”とマクロな“社会”をつなぐ動的ループの中核を形成し,人間の心の「本質的な社会性」を明らかにするための重要な研究戦略上の位置を占める.集団班の2つのテーマについて研究成果を要約しよう.(A)規範を支える感情・認知・集団システムの構成:社会規範の成立・維持にあたって,個人の社会経済的地位(Socio-Economic Status: SES)の違いに着目し,日常場面における感情生起パターンに関する追跡型のフィールド調査と,生理的反応(唾液中のαアミラーゼの賦活レベル)に関する計測型実験から,①社会経済的地位(SES)の高い人程ほど逸脱行為を観察すると感情・生理反応の賦活レベルが高くなること,②“感情豊か”な個人ほど,規範からの逸脱行為に対して生理的ストレスを感じやすいことを明らかにしている.さらに,社会経済的地位の高低と,望ましい分配のあり方(分配規範)に関する選好との間に,「不確実性への心理的耐性」を媒介とした関係の存在を明らかにしている.また,サンクションを受ける確率を実際よりも多く見積もることについても実験的な検討が進んでいる.以上の「自生的に生じる秩序」アプローチのみならず,規範を意図的に設計するアプローチも試み,進化ゲームモデルを用いた行動実験も実施している.これらの検討から,①集団による公共財生産は限界逓減型の関数になること,②公共財供給に協力的な者とフリーライダー(非協力者)が共存する混合均衡が生まれ得ること,③混合均衡のもとで多数決型の集団意思決定は独裁型の意思決定よりも高い利得をメンバーにもたらすことを明らかにしている.(B)一般互酬・一般交換の成立基盤:人間の利他性(altruism)に関し,幅広い協力関係(一般互酬・一般交換)が集団で成立するためにはどのような心的・制度的メカニズムが必要になるのか,進化ゲームモデルやシミュレーションを中心とした理論的・実証的検討を展開している.罰が変化できるとしても,「ある閾値(特定の値)より相手の協力レベルが高いと,相手を協力者と見なして全く罰を与えないが,閾値より低いと非協力者と見なして罰を与える」という戦略が安定的に進化することを示している.また,一般交換場面において,人がどのような選別基準に基づいて資源を与える相手を選択するのかについて,場面想定法実験により検討し,Takahashi & Mashima (2006)の理論モデルの妥当性を確認している.さらには,これらの理論的検討を具体的な事例に応用する目的で,移民社会などに見られる互助組織である「講集団」における「評判」と何らかの集団ルールが重要であることを,数理生物学者と人類学者が協力して検討を行っている.

意思決定班では,人間を含む動物に関する行動分析学の視点と行動意思決定論の視点を統合・把握することによって意思決定過程の特徴を明らかにすることを目標にしており,社会的状況における意思決定の微視的過程を種々の基礎心理実験と調査を通じて解析を行っている.意思決定の状況依存性を理論的観点から説明し,予測可能な心理計量モデル,その数理心理モデルを構成し,さらに,この数理心理モデルを実証的観点から検討している.意思決定過程は,以下の3段階に分かれる.まず第1が,意思決定の事態を人々がどのように認識するかという意思決定問題把握の段階(決定フレームの構成の段階),第2が直面する選択肢に対する評価の段階,第3が実際に選択肢を採択する選択の段階である.意思決定班では,この3つの意思決定過程の段階に応じて次のような具体的な研究目標を置き,研究を順次行った.特に,意思決定問題把握段階の検討として,(1)意思決定における選好形成過程の研究,(2)意思決定場面での決定フレームの言語プロトコール解析,(3)言語プロトコール分析に基づく決定フレームモデルの構成と心理実験,(4)決定フレームと個人の意思決定行動の関係の調査,を行った.本研究の成果を,国内外の学会等において発表している.メンバーで月2 回程度の研究打ち合わせを行い,成果は国内外の学会等で報告し,また,いくつかの学術論文や著書も公刊している.また,全体会議や全体で行ったサマースクールでの発表等のほかに,ロシア,アメリカ,イギリスなどの研究者を招いてワークショップを4回開催し,国内外の研究者との研究交流を行った.また,市場班,理論班,総括班などの他班の研究集会にも参加したり,発表を行い,意見交換を行なって連携体制をとっている.

理論班の目的は,第1に,社会科学における実験手法の意義と役割について,個別領域を超えた鳥瞰的・メタ理論的な視点から検討すること,第2に,特定領域「実験社会科学」の7 つの計画研究班が生み出した具体的な実証知見を,社会科学あるいは自然科学の幅広い文脈に位置づけ意味を明らかにすると共に,さらなる研究展開を促すための批判装置として機能することである.これまでの3年間において,理論班全体としては,次の2点に集中してとりくんだ.第1に,人々の間に協力を成立させるための機構については,法哲学での規範や法,経済学での制度設計,進化生物学での間接互恵性など,異なる分野ではそれぞれ独立のアプローチがなされてきた.これらの異分野でのコンセプト・考え方を互いに照らし合わせ,相互に理解できるようにすること,そして互いにどのように関連しているのかそれぞれのコンセプトがどの場面で有効でどのような限界を持つのかを明らかにすること,を目指した.第2に,社会科学においてもエージェントベイスドなモデル,格子モデル,レプリケータダイナミックス,ベストレスポンスダイナミックス等,さまざまな数理モデルが用いられるようになってきており,それらの予測の結果と人々を使った実験の結果さらには,フィールドでの調査を解釈する上にもちいられるようになった.これらの異なるモデルの互いの関係を理解し,その有効性や限界を考えた.これらの目的のため,毎年行ったワークショップを開催した.その場には,理論班以外の班のメンバー,加えて,大学院生などを含め特定領域の班員ではない研究者が多数参加され,さらにはポリコムによる別の会場の参加者も含めて,異分野の研究者の間で活発な議論が行われている.各班員の研究は予定していた以上に深化しており,十分な成果があがっている.巌佐は参加者に「よい」「わるい」などの簡単なラベル(評判)を張ることで協力が維持される環境を明らかにしている.青柳は,繰り返しオークションにおける談合,動的トーナメントにおける情報開示の問題などとともに,相互の過去の行動が不完全に公的に観察される繰り返しゲームにおける協調とノイズの関係,同様な不完全情報が私的に観察される繰り返しゲームにおける戦略の分析,を継続している.伊藤は,不完備契約の下で投資が過小となるホールドアップ問題の理論と実験を継続中である.井上は「社会制度に実験は可能か」という基本問題を法哲学・政治哲学の観点から捉え直し,試行錯誤的な政治的学習を通じた政策形成を促進する政治的意思決定システムはいかにあるべきかを解明すべく民主政および法の支配の諸モデルを比較検討している.

総括班は,国際シンポジウム,各班のワークショップ,サマースクール,実験社会科学コンファレンスの開催のサポート,ホームページの管理,移動実験ラボの貸し出し,各班の機材の調整などを通じ,各班の研究が円滑に実施できるよう裏方の役割をきちんと果たしている.

領域発足当初は,各班が背後に抱える分野に依存して,実験研究への温度差の違いには大きなものがあった.たとえば,発足当時,我が国における政治学における実験手法はほぼ皆無の状態から,現時点においては,紛れもなく本特定領域の政治班の研究者が我が国の実験研究をリードしているのである.研究水準も国際水準をクリアしている部分も出現している.この意味で,当初の目的の一つである社会科学の各分野における実験研究を立ち上げる点では大成功をおさめているといってよい.さらには,上記の研究状況が示しているように,予定を上回る研究成果を挙げ,班内外を問わず,連携関係はまさに蜘蛛の巣状態となっており,分野を超えた共同研究がそこかしこで起こっているのが現状である.

研究領域を新たな研究分野にするためには,新たなハードルを越えなければならない事態の出現を経験し始めている.社会的ジレンマにかかわる理論・実験研究が領域内の各班でなされているが,大雑把にいうと「制度設計と評価」(「市場」,「組織」,「政治」,「社会」の4班)および「人間モデルの構築」(「意思決定」,「集団」,「文化」の3班)の二つの部分領域で異なった結果を得ているのである.また民主制と独裁制に関する実験でも異なった結果を得ている.実験結果の差異の原因が何に由来するものなのか,実験モデルそのものの違いによるものなのか,同じ実験モデルでも異なる結果が出る要因は何かなどに関する課題が出現しているのである.

もちろん,この「ズレ」は当初から強く意識されたものではあるが,新たな人間モデル構築にあたり,具体的な課題として領域の研究者が解かねばならないものである.その際,社会科学の各分野をつなぐことを可能にする領域独自の方法論の確立が本領域研究の後半の大きな課題となるし,それを可能にする研究者の連携も十分に確立されている.

研究領域設定時にほとんど意識されなかった新たなもう一つの事情が出現している.各班の研究成果の要約をみればわかるように,新たな実験手法として,ニューロサイエンス,ジェネテックスの手法を取り込む研究およびその準備が始まっている.新たな人間モデルの構築を目指す領域の研究者にとっては自然な方向であるといえよう.ただし,領域設定当初はこのための予算を割いていなかった点もあり,タイトな予算の中で,ニューロサイエンス,ジェネテックスなどの手法をいかにして社会科学の中に取り込むのかという悪戦苦闘が始まっている.本領域の後半の期間は,当初想定しなかったものの,この新たな手法を社会科学の中に取り込むための助走期間となるのではないのかと予想している.

 

 

大阪大学社会経済研究所 西条研究室 Tel:06-6879-8582 Mail:secsaijo@gmail.com