日本語での研究紹介


開拓者か追従者か?新市場への参入タイミングに関する理論分析


原題: Pioneer, early follower, or late entrant: Entry Dynamics with learning and market competition
著者: 石田潤一郎, Chia-Hui Chen and Arijit Mukherjee
Accepted for publication in European Economic Review

既存の研究において新しい市場への参入タイミングは,最初に市場に参入する「開拓者(pioneer)」,開拓者をすぐに追随する「初期追従者(early follower)」,または時間をおいて市場の発展状況を観察してから追随する「後期追従者(late entrant)」の3者におおまかに分類される.しかし,こうした参入のタイミングが,どのような経済的・社会的要因によって決定されるのかという点については未だ不明な点が多く,その背後のメカニズムについても十分な理解が得られているとはいえない.市場参入のタイミングは,企業にとって最も重要な戦略的意思決定であるだけでなく,社会厚生上にも重要な意味を持つため,多様な参入パターンを構造的に記述できるモデルの構築は,この文献における重要な課題となっている.

本研究では,潜在的な市場参入者が市場の価値について動学的に学習する環境を想定し,市場参入タイミングの決定要因について分析を行った.この分析で特に重要な役割を果たすのは,ライバル他社による参入が観察できることにより生じる情報外部性と,市場競争により生じる利得外部性の存在である.ライバル他社の参入が観察できるという事実は,参入者がその時点で持つ情報(市場に対する自信)を部分的に反映するため,この追加的情報を得るために参入を過剰に遅らせる効果を与える.それに対して,市場競争の存在は,他者に先んじて参入し市場を独占する誘因を与えるため,参入を過剰に早める可能性を高める.これらの効果の相互作用により,ゲームの初期段階においては,相手の機先を制するインセンティブが優位となる一方で,時間がたつにつれ情報を引き出すために相手の出方を待つインセンティブが優位となる動学的インセンティブ構造が得られる.こうした構造は,これまでの既存の研究でよく用いられてきたpreemption gameとwar of attritionという異なるクラスのゲームの混合型となっており,新しいクラスのタイミングゲームとして理解することができる.

このモデルの分析の結果,市場がより競争的な時,または市場に対する企業の事前の自信が比較的高いときにfirst-mover advantageが支配的となり,市場の黎明期に開拓者による参入が起こる可能性が高まることを示した.また,市場参入のタイミングの効率性への影響も分析し,ブランドロイヤリティやスイッチングコストによって引き起こされる惰性的消費行動が効率性を改善する可能性も提示している.




(作成)石田潤一郎