第26回 社研・森口賞 受賞者

森口賞
Winner
奥村公貴 / Koki Okumura (UCLA)
論文
Title
Inventor Mobility, Knowledge Diffusion, and Growth
講評
Review
 本論文では、企業で研究開発を行う労働者が企業間で移動するプロセスをモデル化し、労働者のモビリティが経済成長にどのように影響を与えるかを分析している。生産性が高い企業で研究開発に従事する労働者が、それより生産性の低い企業に移動すると、移動後の企業は移動元の企業の技術の一部を学ぶことができ、生産性の向上につながる。従って、企業としては、自らよりも生産性が高い企業から、研究従事者を雇おうとするインセンティブがある。実際、日本の技術者がかつて中国の企業から多く引き抜きされた時代もあるが、そのような現象をモデル化しているといえる。
しかし、労働市場は摩擦的なので、引き抜きには採用コストがかかる。このような企業の問題を動的計画法で定義し、様々な生産性を持つ企業が、このような最適化に従って採用活動を行うときに、動学的均衡がどのようになるかを分析した。モデルのパラメータは、ドイツの労働市場における企業間の人材流動データを用いて推定している。
 このモデルを用いて、いくつか興味深い結果が得られている。一つは、労働市場の摩擦が低下し(例えば情報化によるマッチング技術の向上などが考えられる)採用コストが低下した場合の分析である。この場合、生産性が低い企業は、容易に研究従事者の引き抜きで高生産性企業の技術を得られるようになる。そうすると、長期的には企業間の技術格差が小さくなり、そもそも引き抜きをする必要性がそれほど大きくなくなる。すると、技術者は先端企業に残りやすくなり、結果的に先端企業による技術開発が加速する。それにより長期の経済成長は促進される。
 もう一つは、生産性の高い先端企業に対する補助金(生産性の低い企業に対する課税)についての分析である。現実にも、先端技術の開発について政府の支援や補助がある場合がある。このとき、研究者が先端企業により集中するようになるので長期の成長はやはり促進される。しかし、生産性の低い企業が引き抜き(先端企業の研究従事者を採用)する余力を奪うので、企業間の技術格差は高まる。シミュレーションによると、後者の影響が短期的には強く、経済全体を平均した経済成長率は短期的には下落することが示された。
 このような分析は企業間の技術波及プロセスを理解するのに有用であると考えられ、森口賞に相当する優れた研究であると評価された。ただし、企業規模・企業数が考慮されていない、企業・労働者の入退出が考えられていない、既存文献との差別化、厚生分析など、改良の余地も多い。また、限られたトップ企業の技術が突出する最近の状況を説明できるようになると、モデルの説得力も増すと思われる。今後の研究の飛躍が期待される。

   



入選
Runner-up
村上愛 / Megumi Murakami (Northwestern University)
論文
Title
Supply and Demand of Medical Knowledge
講評
Review
Murakami investigates two key research questions: 1) What hindered the progress of medical treatment technologies? 2) Does competition affect the spread of medical knowledge? She employs an analytical narrative approach in her study. Her paper comprises two main sections: a theoretical framework and historical cases. In the theoretical section, Murakami presents a signaling game model, suggesting that competition among experts to attract patients hinders the dissemination of medical knowledge. The historical section reviews cases like bloodletting, smallpox vaccination, and cholera epidemics. While her paper is intriguing and highly original, Murakami could enhance it by more explicitly connecting the theory with historical examples. Additionally, the paper's potential could be further realized by incorporating a dynamic model rather than a static, one-shot model.

   





2023年12月4日に授賞式・懇親会がおこなわれました。

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