日本語での研究紹介


消費者による個人情報管理が企業間競争と社会厚生に与える影響


原題: The effects of personal data management on competition and welfare
著者: Jiajia Cong、 松島法明
ISER Discussion Paper No. 1201, March 2023

情報通信技術を用いて各種個人情報を利活用する企業が増えているが、中でも個人情報を有効活用できる市場として消費者個別の医療役務提供に関心を持つ企業が増えている。有名な企業の中でもAlphabetは医療関係の情報を扱うためにGoogle Healthを2008年に設立したり、2021年には健康情報を入手可能にする腕時計型端末製造会社であるFitbitを21億米弗で買収するなど、医療分野に強い関心を示し続けている。他にもAppleはApple Watchの利用者から生体情報を入手するとともに、情報に基づいた健康支援を行っている。また、Amazonも製薬・医療関連企業を買収するとともにAlexaをはじめとする端末を経由して利用者と情報交換することで、医療支援に向けた試みに取り組み始めている。
個人情報を活用した役務によって生じる問題として、私事の情報管理に関する心配事や個別価格による余剰収奪がある。私事の情報を守る(私事権を担保する)ために欧州連合ではGeneral Data Protection Regulation (GDPR)と呼ばれる個人情報管理を容易にする規則を導入している。これにより、各消費者は個人情報の消去や個人情報の他社への移転などを企業に求めることができる。個別価格についても、経済法学者などから個人の端末が余剰収奪を容易にする懸念が表明され、いくつかの実証研究も余剰収奪に寄与する可能性を示すなど、問題が指摘されている。
このような動向を踏まえて、本研究では複占企業が端末市場のような情報収集に寄与する製品の市場(以下、情報収集市場)と医療役務の市場のような収集した情報を活用する市場(以下、情報活用市場)で競合する環境において、個人が情報管理できることが競争環境や社会厚生に与える影響を理論分析している。個人情報管理が可能になることで、情報活用市場では、企業間競争が緩和されるものの個別価格を適用できる範囲が減少することで企業利潤が損なわれるとともに競争緩和によって消費者余剰も悪化する。対して、情報収集市場では、この市場における市場占有率を高めることが情報活用する市場で個別価格を適用できる範囲を拡大することを通じて収益性改善につながるため、企業間競争が促進される。この促進度合いは、消費者が情報収集市場で生じることを予見しているか否かに依存しており、情報収集市場について予見できる方が競争促進度合いが高く、この更なる競争促進によって、情報活用市場における消費者余剰の悪化を補える可能性がある。
この基本分析枠組みを用いて、個人情報の他社へ移転できる状況と個人情報の所有権なども検討している。個人情報の移転が可能になると、情報活用市場の競争は促進されるが情報収集市場の競争は緩和される。個人情報の所有権を消費者に付与することは、情報利用に対する企業からの補償が適切であれば、社会厚生改善に寄与する。

図: 個人情報管理が可能な状況における市場構造と均衡 (Cong and Matsushima, 2023, ISER DP 1201, Figure 2)

(作成)松島 法明