日本語での研究紹介


構造的失業、不完全雇用、慢性不況


原題: Structural Unemployment, Underemployment, and Secular Stagnation
著者: 橋本賢一、小野善康、Matthias Schlegl
Accepted for publication in Journal of Economic Theory

 日本経済は、諸外国に比べても低い失業率を維持しているにもかかわらず、低成長が続く長期不況に陥っている。その理由は、人々の消費意欲が低く総需要が伸びたいために、就業者を増やして生産を拡大しようとしても物が売れず、非正規雇用やパートタイムなどによる労働力の非効率な使い方によって、生産調整を行う状態にあるからである。本論文では、労働統計に表れる「失業」と、生産能力からの乖離を示す「不完全雇用」とを明確に区別し、その両者を組み入れたマクロ不況動学モデルを構築して、失業よりも不完全雇用の方が経済活動のより適切な指標であることを明らかにした。
 そこでは、失業はピサリデス(2000)らが構築したサーチ・マッチングの枠組みで説明し、不完全雇用は小野(1994)らが構築した資産選好を伴う不況動学モデルの枠組みで説明している。さらにこのモデルを使って、雇用補助金や雇用流動化、求人・求職制度の充実などの労働市場政策と、公共事業による総需要創出政策が、失業率と不完全雇用の双方に与える影響を分析した。
 その結果、日本経済低迷の主な要因は失業よりも不完全雇用であり、そのため経済活動の指標としては、失業率よりも不完全雇用の方が適切であることが、理論的にも数値分析でも示された。また、失業手当の削減、企業への雇用創出補助金、賃金交渉における労働者の交渉力低下、求人・求職制度の充実などの失業率の低下を目的とした政策手段では、失業率という指標では改善するが、非正規雇用やパートタイムなどの不完全雇用を拡大し、かえって不況を悪化させることが明らかになった。さらに、公共事業などの総需要を生み出す政策は、新規雇用を創出し、不完全雇用を改善して景気を引き上げることもわかった。
 これらの結論は、日本経済が、一見、良好な雇用状況を示しているにもかかわらず、経済活動自体は低迷を続けていることを説明するとともに、失業率は総需要問題の程度を示す指標としては不十分であり、誤解を生んで不適切な政策提言につながることも示している。



(作成)小野 善康