日本語での研究紹介


CES効用関数による分配選好の表現―人々は平等性–効率性のトレードオフに直面しているか?


原題: Revisiting CES Utility Functions for Distributional Preferences: Do People Face the Equality–efficiency Trade-off?
著者: 犬飼佳吾、下平勇太、塩澤康平
ISER Discussion Paper No. 1195, October 2022

 社会的選好の一種である,他者との利得分配に関する選好を測定するために,拡張された独裁者ゲーム実験を行い,実験で得られた意思決定データをCES効用関数に当てはめて解釈する手法が存在する.使用される実験ゲームは,実験中に参加者が獲得できるポイント数から参加者が実際に受け取る通貨の換算率(価格比)を自己と他者の間で様々に変化させながら行われる.分配選好をCES効用関数で表現するとき,分配パラメータ(α)と代替性パラメータ(ρ)の2次元で個人の選好を特徴づけることができるとされている.分配パラメータは自己と他者間の利得の重み付けとして解釈され,例えば α = 1 である個人は完全に利己的であると判断される.代替性パラメータは,代替弾力性を特徴づけるものである.代替弾力性が0の極限において効用関数は対称な完全補完型の関数型となり,この効用関数で表現される個人は価格比によらず自己と他者の利得が常に等しくなるような分配を好むため,平等性を重視する選好であると言える.一方で代替弾力性が無限大に発散するとき効用関数は完全代替型の関数型となり,この効用関数で表現される個人は(たとえば分配パラメータが α = 1/2 のとき)自己と他者の利得の和が最大となるように,価格比によってすべてを自己へ分配するか他者に分配するかを切り替えるため,効率性を重視する選好であると言える.このような関数の特徴を踏まえ, Fisman, et al. (2007, AER) などは代替性パラメータを,平等性と効率性のトレードオフを特徴づけるパラメータであると解釈した.
 ところがCES関数には数学的な欠点があることが従来から知られている.代替弾力性が無限大に発散するとき,分配パラメータが消えてしまい,パラメータの解釈が不可能になるのである.非対称な完全補完選好を持つ個人,たとえば拡張独裁者ゲーム実験において価格比によらず自己と他者の利得が常に2:1の比率になるような選択をする個人の選好は従来のCES効用関数では表現することができない.代替性パラメータの極限において完全補完選好になるとき,平等性を重視していると解釈されていたのは,極限において分配パラメータが消えて効用関数が対称な関数型になってしまうという数学的な性質に由来するものであり,平等性と効率性がトレードオフに直面しているという解釈には飛躍が存在する.
 我々はCES関数の数学的欠点を解消するために,従来のCES関数と Senhadji (1997, Appl. Econ. Lett.) による拡張CES関数を組み合わせて新たな効用モデルを構築した.我々が提案するモデルによって,代替性パラメータのすべての領域において分配パラメータの一貫した解釈が可能となり,先に指摘した非対称な完全補完選好も表現することが可能となった(図1).我々の提案するモデルにおいて,分配パラメータは利己性–平等性–利他性の程度を表し,代替性パラメータは効率性の程度を表す.従来の,平等性と効率性がトレードオフの関係にあって,個人ごとトレードオフの程度が異なる,という解釈から脱却し,平等性と効率性はそれぞれ直交した概念として分析することが可能となった.



図1: 従来のCES効用関数と我々が提案する効用関数における無差別曲線の比較.どちらもパラメータ値はα = 0.7,ρ= 約6.4である.従来のCES効用関数の無差別曲線は薄い色で表示している.従来のCES効用関数で表現される意思決定者は(αの値とは無関係な)45度線上の点を選択するのに対し,我々が提案する効用関数で表現される意思決定者はαのオッズを傾きとする直線上の点を選択している.



(作成)下平勇太