日本語での研究紹介


行動多様性の下でのシグナリング


原題: Pecuniary Emulation and Invidious Distinction: Signaling under Behavioral Diversity
著者: 石田 潤一郎, Wing Suen
ISER Discussion Paper No. 1216, October 2023

顕示的消費(conspicuous consumption)の概念を提唱したThorstein Veblenは,自身の著書『有閑階級の理論(The Theory of the Leisure Class)』において,顕示的消費の主要な動機としてpecuniary emulationとinvidious distinctionという二つの要因をあげている.ここで,pecuniary emulationとは,自分より高い階級にある者の消費行動の模倣を指す一方で,invidious distinctionとは,高価な財を消費することによって生じる自分より下の階級の者に対する優越感を指す.Veblenはこの両者の重要性について述べてはいるものの,著書全体を通して相対的な比重はpecuniary emulationに置かれており,(金銭的)模倣こそが顕示的消費の原動力であると考えていたであろうことが読みとれる.
それを示すために、本研究では以下の2種類のプロダクト・イノベーションを考えた。第1は、製品の質を上げることにより、実際には同じ量を消費しているにもかかわらず、あたかもより多く消費しているかのように感じさせるもの(数量拡大型イノベーション)である。第2は、消費を増やしても飽きが来ないような製品開発(依存型イノベーション)である。このうち前者は、プロダクト・イノベーションと同じ働きがあり、消費者は少ない量で満足してしまうため、かえって需要を減らしてしまう。他方、後者の場合には、同じ量を消費してもさらに欲しい気持ちが減退しなくなるため、消費を刺激し総需要を高めて景気を拡大させる。例えば、スマホをいくら見ても飽きなくなるため、ネットサービスの需要が拡大し、総需要を引き上げるということがある。したがって、需要刺激策としてプロダクト・イノベーションを推進する場合、数量拡大型ではなく依存型イノベーションを選ぶべきである。
本研究では,行動の多様性を許容したシグナリングモデルを構築することで,これまでの文献で見過ごされてきた行動多様性とそれに伴う模倣の可能性が均衡配分に与える影響を検討した.主な結果は以下の2点である.第一に,行動の多様性は,低いタイプがよりより高いタイプの行動を模倣する余地を与えることで,シグナリングの必要性を低下させ,全てのタイプの均衡利得を改善する.第二に,行動多様性の下での均衡は,事前の信念に強く依存する.特に,事前のタイプの不確実性が小さくなり,情報構造が完備情報に収束するとき,その下で実現する均衡も完備情報下の配分へと収束する.この結果は,(一般的な精緻化概念の下で)常に最小費用分離均衡を予測する行動多様性を排除したモデルでは得られない結果であり,シグナリングモデルにおける多様性が無視できない不可欠で要素であることを示しているといえる.



(作成)石田 潤一郎